映画『正体』を鑑賞。染井為人さんの同名小説が原作。
横浜流星さんの渾身の演技にみいってしまった。藤井道人監督作品としても『ヤクザと家族 The Family』以来の傑作だと感じた。
ラストまでストーリー解説と、「一体誰の正体を追った物語だったのか?」「タイトルの3つの意味」「好きな人の意味」「汗の演出」「原作小説との違い」についてを徹底考察していく。鑑賞後の忖度なしの感想も。
映画『正体』あらすじ
18歳の頃に東村山の一家3人を惨殺した死刑囚・鏑木慶一(かぶらぎ けいいち/横浜流星)は拘置所で自分の口を傷つけ、救急車で病院に搬送されているところを隙をついて逃亡した。
大阪に流れついた鏑木は、スネに傷を持つものが集まる建設現場で正体を隠しながら働いていた。そこではベンゾーと呼ばれていた。
同僚の野々村和也(森本慎太郎)が足を骨折する怪我をする。しかし会社は労災の対応をいっさいしてくれない。
鏑木は現場の責任者に殴られながらも労災を訴え、2万円だけもらう。それを和也に渡した。
和也は感動し、ベンゾーと一緒に酒を飲む。しかし和也はテレビで報道された死刑囚・鏑木の特徴がベンゾーにそっくりだと考え、思わず通報してしまう。
かつて鏑木を取り調べた又貫征吾(またぬきせいご/山田孝之)が駆けつける。しかしすでに鏑木の姿はなかった。
鏑木は東京にいた。那須と名乗って記事を執筆し、メディアに売って生活をしていた。編集者の安藤沙耶香(あんどうさやか/吉岡里帆)から「記事の評判が良い」と褒められた。
沙耶香は父で弁護士の淳二(田中哲司)が痴漢の犯人にでっち上げられたことで苦しんでいた。冤罪だが、やっていない証拠が立証できない。
鏑木は街で雨に濡れていたところを沙耶香に見つけられ、一緒に酒を飲む。鏑木は酔い潰れて沙耶香に介抱された。沙耶香は、鏑木がいく当てがないことを知って「しばらく家にいていい」と言った。
沙耶香はニュースで鏑木の特徴を見て、「もしかして那須が鏑木では?」と疑うが…。
映画『正体』ネタバレ・ラスト結末の解説
鏑木は他の記者に見つかって通報されてしまう。警察の又貫たちが沙耶香の部屋に押し入る。紗耶香は銃を向ける又貫に突進し、鏑木に「逃げて!」と叫んだ。鏑木は窓から飛び降りて逃走した。
その後、鏑木はまぶたの印象を変え、水産工場で働いていた。被害者遺族で鏑木が犯人だと証言した井尾由子(原日出子)の妹・笹原浩子(西田尚美)がその工場に勤めており、何か証言が得られないかと考えたからだ。
別の一家惨殺事件が起こり、足利清人(山中崇)が現場で逮捕された。犯行状況から鏑木の事件の模倣犯?かと思われた。しかし足利は「模倣じゃねえ」と笑う。又貫は「鏑木は冤罪で、足利が真犯人では…」と疑った。
数カ月後、鏑木は長野県の介護施設で桜井と名乗って働いていた。新米の酒井舞(山田杏奈)は鏑木に憧れていた。しかし夜勤で、桜井が施設にいるPTSDの井尾由子(遺族)から何か聞き出そうとしているのを見て不審に思う。
舞は少し前に桜井と一緒に湖に行ったときの動画を公開していたが、それが「鏑木」だと特定されてしまう。又貫ら警察が駆けつける。
鏑木は舞に頼んで人質のふりをしてもらう。そして井尾由子に「あの日に本当は何を見たのか話して欲しい、犯人は足利だ…」と涙ながらに訴えた。
舞がその模様を配信する。由子は真実をしゃべろうとした。しかし上からの指示で又貫たちが突入。又貫の部下が鏑木を銃で撃った。
その後、紗耶香、和也、舞は集まって鏑木の冤罪を証明しようと必死に活動をする。世論が少しずつ変わっていく。又貫は会見を開き、「鏑木は誤認逮捕である可能性がある」と言った。
ついに鏑木は裁判で無罪を勝ち取った。
映画『正体』考察:誰の正体を暴く物語だったか?
タイトル「正体」3つの意味:犯人を暴く物語ではない
タイトルがなぜ正体なのか考える必要があると感じた。
紗耶香、和也、舞は鏑木の本当の姿を知りたい!というのが第一の意味。
真犯人の正体(足利だった)を知るのが第二の意味。
第三の意味は、鏑木自身がみんなと交流する過程で自分がどんな人間か…自分の「正体」に気づいていくものであり、こちらがより本質に近いと思う。
鏑木は18歳の未成年で逮捕され、死刑を求刑される。青春真っ只中で本当の自分など知らない中で監獄に入れられて透明になってしまう。しかし脱獄して紗耶香たちと出会い、自分がどんな人間なのか、自分の色を見つけていったような気がした。
鑑賞者や登場人物が鏑木の正体や真犯人を追う物語ではなく、鏑木が自分の正体を見つけていく物語だった。
好きな人は誰のこと?
鏑木が留置所で「好きな人もできた」と言っていた。これは紗耶香(吉岡里帆)のことでもあるだろうけど、和也、舞も含めた自分に関わってくれた全員を指していると考えられる。
好きな人ができた=社会や人間を信じられるようになったというメッセージだろう。
新聞記者のブライトサイド
藤井道人監督の映画『新聞記者』もNetflix版『新聞記者』も鑑賞済みだが、これらではメディアや政府という絶対的な権力に対するダークサイドが描かれていた。
しかし『正体』では、紗耶香や和也、舞たちがメディアの力を借りて鏑木が冤罪だ!という方向に世論を変えていった。『正体』はメディアのブライトサイド(良い面)にフォーカスした『新聞記者』と対になる作品だった。
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汗による巧みな演出
会見で死刑囚脱獄を問い詰められる又貫の汗、鏑木の正体を知った和也の汗、痴漢冤罪裁判で追い詰められる淳二(紗耶香の父)の汗。
又貫は最後の会見で「鏑木の誤認逮捕の可能性」を発表したときには汗をかいていない。これは彼が自分の行動に恥じていないことの証明だと思った。
『正体』では汗による演出が非常に効果的だった。
原作との決定的な違い
原作の結末を調べてみると、原作では主人公・鏑木が撃たれて死亡→最後は鏑木の友人たちが無罪を勝ち取ってくれる展開のよう(未読です。すいません)。
鏑木自身が生き延びて無罪を勝ち取る希望に満ちた映画版の結末とは対照的だ。
ちなみに亀梨和也さん主演のドラマ版も撃たれて転落して生死を彷徨うもなんとか一命を取り留め、無罪を勝ち取る結末。
映画『正体』のネタバレ感想
横浜流星さんの演技の真骨頂を目撃できた。藤井道人監督のオハコである重厚なトーンや丁寧な語り口もハマっていた。
ストーリーは脱獄して冤罪を証明する非常にシンプルなものだった。真犯人が別の殺人事件であっさり捕まった足利という部分にもサスペンス的な驚きはない。
しかし登場人物たちによる感情をそこまで出さないながらも心と心がぶつかり合う演技に見入ってしまい、2時間があっという間だった。
同じ物語でもキャストと監督が違ったら全然違う映画になっていたことだろう。
藤井道人監督と横浜流星さんは『ヴィレッジ』でもタッグを組んでいた。『ヴィレッジ』も個人的には良かったが扱っているテーマが少し難解だった。『正体』はより万人受けする感動作になるのでは?と思う。映画館では体感で8割くらいの人が泣いていた印象。
横浜流星さんはますます好きになったし、藤井道人監督は最近だと『余命10年』は良かったが、『最後まで行く』やNetflix『パレード』がそこまで刺されなかったのだが、本作を機にまた追いかけたいと思えた。
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