
マイケル・ジャクソンのファン歴20年の私が、映画『Michael/マイケル』を観た感想を正直にレビューしていく。
劇中の歌声は「本人」と「撮り直し」のブレンドだった
このバグには技術的な裏付けがある。鑑賞後に海外の制作陣インタビューを調べたら、音響そのものがブレンドで設計されていた。
音楽監修のジョン・ウォーハーストによると、セリフは全部ジャファーとジュリアーノ本人の声。歌唱シーンは、二人が撮影現場で生で歌った声にマイケル本人のオリジナル音源を重ねて作られている。マイケルの正規録音が存在しない場面、たとえばスタジオで「今夜はドント・ストップ」をスキャットで組み立てていく場面や、少年マイケルが「帰ってほしいの」の初期テイクを歌う場面では俳優の声が前に出て、完成されたパフォーマンスになるほど本人の音源が支配的になる設計だ。制作チームはAIによる声の合成をはっきり拒否し、1シーンにつき15〜20テイクの歌声を録って、昔ながらのミックス作業で本人の声と継ぎ合わせたという。
つまりあの違和感は、私の耳が壊れていたわけではなかった。場面ごとに「本人率」が変動する声を2時間浴びていたわけで、ファン歴20年の耳はその継ぎ目を無意識に検出していたことになる。ちなみにサウンドトラック盤には撮り直し音源は収録されておらず、マイケル本人のオリジナルだけが並ぶ。あのブレンドされた声は映画館の中だけで鳴っている。
史実とのズレ:「ジャクソンズ」という名前の由来が飛ばされている
実はそのモータウン周りこそ、映画が一番大胆に省略した部分だ。
史実では、ジャクソン5は1975年にモータウンを離れてエピック(CBS)へ移籍している。理由は低すぎる印税率と、自作曲を歌わせてもらえない不自由さ。このとき「ジャクソン5」という名前の権利をモータウンが握っていたため、兄弟は「ジャクソンズ」へ改名せざるを得なかった。さらに三男ジャーメインは、ベリー・ゴーディの娘と結婚していた事情からモータウンに残り、グループを一時離れている。「ジャクソンズ」という名前自体がレコード会社との闘いの傷跡なのだが、海外のファンサイトでは、映画がこのエピック移籍を1978年の出来事として処理している点が指摘されている。
もうひとつ大きいのは『ウィズ』の省略。1978年のミュージカル映画『ウィズ』でマイケルはかかし役を演じ、音楽監督だったクインシー・ジョーンズ(ケンドリック・サンプソン)と出会った。『オフ・ザ・ウォール』『スリラー』へ続く黄金コンビの起点なのに、映画ではこの経緯がほぼ飛ばされている。
細かいところでは、ジョセフの悪名高い「でか鼻」発言すら劇中ではセリフが和らげられている、という海外レビューの指摘もあった。鞭は見せるのに、息子の顔を一生えぐり続けた言葉の方は薄める。この映画のハサミがどちらを向いているかを示す、小さいが象徴的な改変だと思う。
ジャネット・ジャクソンが出てこない
10人兄弟の末っ子で三女、マイケルの最強の妹ジャネット・ジャクソンも出てこなかった。
まあ、彼女自体も伝記映画を作られるレベルのビッグアーティストなので、マイケルの映画に出したらとっ散らかると判断されたのだろう。
ただそれでも、チラッとジャネットが映っていても良かったと思うが、似ているキャストが見つからなかったのかな。
他の音楽伝記映画と並べると見えてくるもの
実はこの映画、『ボヘミアン・ラプソディ』のプロデューサーであるグレアム・キングの製作だ。関係者の公認を取り、ヒット曲を年代順に並べ、伝説のライブ再現で締める。ボヘラプはライヴエイド、本作はBADツアー。観客が泣いて批評家が渋い顔をするところまで同じ設計図で作られている。
ただ踏み込みの深さには差がある。『ボヘミアン・ラプソディ』は消毒批判を浴びつつ、フレディの孤独とセクシュアリティとエイズには触れた。『ロケットマン』はR指定でエルトン・ジョンの依存症と性を正面から描き、本人が製作に入りながら自己批判を許した。『エルヴィス』は搾取するパーカー大佐を語り手に据え、スターを食い物にする興行の世界へ視点を確保した。『ラブ&マーシー』に至っては、ブライアン・ウィルソンを殴り続けた父の暴力と、その代償としての天才を二つの時代から挟み撃ちにした。父の暴力と音楽の天才という素材なら、マイケルの物語はこの『ラブ&マーシー』に一番近い。近いからこそ、本作の浅さが目立つ。
そして本作には、他のどの伝記映画にもない特異点が三つある。主演が本人の血縁であること。遺産管理団体が製作に直接関わっていること。物語を1980年代で切ったこと。特に二つ目は強烈で、劇中でマイルズ・テラーが演じる弁護士ジョン・ブランカは、現実にはこの映画のプロデューサーその人であり、マイケルの遺産の共同執行者でもある。登場人物が、自分の出てくる映画を製作している。海外批評の「ダメージコントロール」という言葉は、この構図に向けられている。

コメント