
Netflixで台湾映画『泥娃娃: 呪いの人形』を鑑賞!
『呪詛』(2022)などが世界を震撼させた台湾ホラー!2025年に公開された本作は、怖さだけでなく感動もあり、最新の技術を駆使したメッセージもある秀作!
- ラストの怖い意味
- VR仮想空間と泥人形で共通するもの
- 童謡「泥娃娃」から泥人形の正体を解説
これらを徹底考察していきます!!
台湾映画『泥娃娃: 呪いの人形』基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 原題 | 泥娃娃 |
| 英題 | Mudborn |
| 邦題 | 泥娃娃: 呪いの人形 |
| ジャンル | ホラー、スリラー |
| 監督 | シエ・モンジュ(謝孟儒) |
| 脚本 | ジャン・ヨウジュ、ホアン・イェンチャオ、シエ・モンジュ |
| プロデューサー | レオ・チェン、リエン・イーチー |
| 上映時間 | 111分 |
| レーティング | TV-MA |
| 台湾公開日 | 2025年10月9日(劇場公開) |
| Netflix配信 | 2026年4月9日 |
| 言語 | 北京語(台湾華語) |
| IMDb | 6.9 |
監督のシエ・モンジュは長編映画デビュー作だが、編集者としてこれまでチェン・ウェイハオの『紅い服の少女2』(2017)、ジョン・シューの『返校 言葉が消えた日』(2019)、ガオ・カーの『Bad Education』(2023)などに関わってきた。
本作は台湾の有名な童謡「泥娃娃」(泥の人形)からインスピレーションを得ている。「目があるけど瞬きしない」「口があるけど喋らない」「私がママになる、パパになる、ずっと愛してあげる」という歌詞が、よく考えると不気味だとネット上で「一番怖い童謡」に選ばれたことがきっかけ。この童謡を入口に、悪霊の憑依、台湾民間信仰、道教の護符と祓いの要素を組み合わせて物語の世界観が構築されている。
台湾で興行的に好成績を収め、マレーシアでは2025年の中国語映画の興行収入1位を記録。
映画『泥娃娃: 呪いの人形』キャスト一覧
シュチュアン(旭川)|トニー・ヤン(楊祐寧)
VRゲーム会社のエンジニア。新作ホラーVRゲームの開発中に、取材先の凶宅から壊れた泥人形を誤って自宅に持ち帰ってしまう。妻の異変に気づきながらも手立てがなく、最終的に霊媒師アセンに助けを求める。
ムーホア(慕華)|セシリア・チョイ(蔡思韵)
シュチュアンの妊娠中の妻。文化財の修復師という職業柄、壊れた泥人形に異常な執着を見せ、昼夜を問わず修復に没頭する。やがて人形に宿る悪霊に憑依され、身体は衰弱し、行動は自分のものではなくなっていく。90度の反り返りを5分間維持する憑依シーンをダンスの素養を活かしてスタントなしで演じた。
アセン(アーシェン/阿生)|デレク・チャン(張軒睿)
霊媒師(退治屋)。物語の中盤から登場し、作品に緊迫感とユーモアを同時に注入するキャラクター。ウィットのある台詞を飛ばしながらも、危険な祓いの任務には命がけで臨む。レビューでも「作品最大のハイライト」と評される演技。
ホラー映画『泥娃娃: 呪いの人形』あらすじ
VRゲーム会社で働くシュチュアンは、新作ホラーゲームの開発のために、いわくつきの凶宅をVRスキャンする仕事に携わっていた。同僚がその凶宅から持ち出してきた壊れた泥人形を、資料として持ち帰ってしまう。
妊娠中の妻ムーホアは文化財修復の専門家。壊れた泥人形を見た瞬間から説明のつかない執着に取り憑かれ、昼も夜も修復作業に没頭し始める。人形が元の姿に近づくにつれ、家の中で異常な現象が頻発し、ムーホアの身体はみるみる痩せ衰えていく。
追い詰められたシュチュアンは、霊媒師のに助けを求める。アセンが人形の正体を調べると、台湾の古い童謡「泥娃娃」の背後に隠された禁忌の呪い——血の供犠によって繰り返される因縁の連鎖——が浮かび上がる。
『泥娃娃: 呪いの人形』見どころ(ネタバレなし)
「泥娃娃」は台湾人なら誰でも知っている童謡らしい。その無邪気な歌詞の裏に潜む不気味さを、監督は映画の恐怖の核に据えた。『呪詛(Incantation)』が切り拓いた台湾フォークロアホラーの流れを引き継ぎつつ、童謡とVR仮想空間を退避させて最新のホラーを作り上げている。

憑依されていく妻役を演じるチョイの身体パフォーマンスが本作最大の見もの。身体の制御を徐々に失っていくプロセスを、大袈裟な演出ではなく「内側から侵食される」感覚として表現している。ダンスの素養を活かした90度の反り返りをスタントなしで5分維持したシーンは見応え抜群。
ペースはややスローだが、後半一気に恐怖とグロさと物語が加速する!
映画『泥娃娃:呪いの人形』ネタバレ・ラスト結末解説
物語は凶宅での惨劇から始まる。かつてシェイ家(謝家)で一家惨殺事件が起きた廃屋を、VRゲーム会社スタッフがホラーゲームの舞台としてスキャンしに行く。一家の主人が妻と子供を殺害して自害した事件。陶芸家だった妻リュウ・シンの遺体はまだ見つかっていない。
3D空間スキャン担当のチャンが凶宅内で作業中に不明な力に引きずられて巨大な窯炉の中に引きずり込まれる。同僚のアイはその場で憑依され、壊れた泥人形を持ち出して凶宅を後にする。
アイは会社に泥人形を持ってきた。その人形を主人公のシュチュアンが家に持って帰る。
文化財修復師であり妊娠中のシュチュアンの妻・ムーホアは、頭の一部が壊れた泥人形に取り憑かれてしまう。ムーホワは自分の血を粘土に練り込んで頭部を修復。さらに人形の背中に描かれていた呪符を消してしまった。
ムーホアの身体はみるみる衰弱していった。妊娠中の彼女の目に複数の眼球が裂けるように浮かび、膨らんだ腹部に人の顔が浮き上がるなど、肉体の変容が加速。人形の霊は妊婦の身体を依り代として完全な憑依を目指していた。
シュチュアンは、霊媒師アセンに助けを求める。アセンは呪符の専門家で、「呪符は人を救うためのもの、一筆一画に法力が宿る」と語る。
アセンは泥人形の作者リュウ・シンの妹リュウ・イェン(郭雪芙)を訪ね、儀式を行ってイェンに霊視をさせた。イェンは姉がどういう経緯で人形を作り、一家惨殺がなぜ起きたか過去の出来事を霊視していく。
リュウ・シンは墓場の近くの土を掘り、流産してしまう。絶望の中で、失った子の血肉と墓の土を混ぜ合わせて泥人形を作った。流産で失われた子の血肉が入った泥人形は墓場の悪霊たちに取り憑かれた。リュウも悪霊に取り憑かれ、家族を殺害してしまう。正気に戻ったリュウは人形に呪符を書き、焼き窯の奥に入って火を放つ。
リュウの死体は釜の奥にあったのだった。
シュチュアンとアセンは、ムーホアを連れてリュウが暮らしていた家へ向かう。アセンは家の中に入って窯にあるリュウの死体を探す。シュチュアンがVRヘッドセットを装着して仮想世界に入り込み、欠けていた呪符がなんだったか探る(スキャンデータから)。
取り憑かれたムーホアがアセンを襲う。アセンはリュウの頭蓋骨に悪霊を閉じ込めようとするが失敗。
シュチュアンがムーホアとお腹の娘を救うために自らが悪霊の依代になることを選択。
アセンは仕方なく、悪霊をシュチュアンの体内に封印した。
その後、ムーホアは無事に娘を出産。送られてきたVRソフトで仮想空間に存在するシュチュアンと会った。
本物のシュチュアンは家で意識不明の状態。リュウの妹・イェンが泥人形を見て微笑む。
映画『泥娃娃: 呪いの人形』考察まとめ(ネタバレ)
VR空間のシュチュアン=泥人形
テクノロジー(VRゲーム開発)と民間信仰(道教的な祓い)を対置させた構図が興味深い。デジタルとアナログ、現代と伝統が衝突する構造は、技術革新がすすむ台湾社会の現在地そのものにも見える。
クライマックスでは、シュチュアンがVRゲームの空間に入る場面、アセンが現実世界で祓いに挑む場面、そして憑依された妻がいる車内という3つの空間が同時進行で描かれるのが凄い!
観客の視点は絶えず引き裂かれ、どの空間にも危機が迫る構造。最新の技術を上手くホラーに入れ込んでいるなあと感心した。
魂を封じ込める器=泥人形それ自体が仮想空間のメタファーにも見えて面白い。仮想空間=泥人形に、本物の魂は宿るのか?というメッセージが汲み取れる。
VR空間の中のシュチュアンは、魂が宿った泥人形と何か違うのだろうか。
今後、続編があるとすればVRゲームの中にいるシュチュアンが実は悪霊でした!的な展開がありそう!
ラストの怖い意味
アセンの「封印」は完全な解決ではなく、呪いが消えたわけではないことが示唆される——続編への含みを残した結末だった。
妹のリュウ・イェンが泥人形を飾って微笑んでいたが、単純に彼女も取り憑かれたと読めるし、もともと姉のリュウ・シンを破滅させたのは彼女だったという妄想もできる。
シュチュアンが作ったVRソフトが送られてきて、ムーホアはそれを使って彼と仮想空間で再会。シュチュアンは自分の身に何かが起こることを予期して、あらかじめ自分のデータをしっかりソフトに入れていたのだろう。泣ける。
シュチュアンの本体は自宅の寝室で意識不明の状態。VR仮想空間の彼はただのプログラムではなく、シュチュアンの魂が宿っていそう…と見せかけて、悪霊が宿ってそうで怖い!
童謡「泥娃娃」の歌詞から人形の正体を暴く
台湾の童謡「泥娃娃」の歌詞はこちら↓
日本語に訳すと↓
「泥のお人形、泥のお人形、ひとつの泥のお人形。眉毛もある、目もある、でも目はまばたきしない。鼻もある、口もある、でも口はしゃべらない。あの子はニセモノのお人形、本物の子じゃない。大好きなママもいない、パパもいない。だから私がママになる、私がパパになる、ずっとずっと愛してあげる。」
いろんな読み方ができると思うが、私には人形自身が人間に呪いをかけて自らの保護者にさせる歌に思えた。つまり、人間側ではなく泥人形の目線の歌という主語の反転がある。
そう捉えると、陶芸家のリュウ・シンが人形を作ってしまったことにも納得できる。
墓地の土から作られた人形には悪い魂が宿っていて、血肉のある人間に戻りたいのだ。だから人形は必死に血や肉を求めた。
また泥人形は小さな人形の顔を抱えていたが、これは子供を守っている善意の人形に見せかけているのだと感じた。
そして悪霊の“憑依”と、妻・ムーホアの“妊娠”には重なる部分がある。妊娠とは“女性が胎児に憑依される”ようなものではないか。
最後に悪霊はムーホアのお腹の中にいる胎児に憑依していた。お腹の子のために体を犠牲にする(妊娠と出産)のは生物学的には母親の役割だが、本作では父・シュチュアンがそれを引き受けた。
ラストシーンでシュチュアンは寝室で意識不明だった。悪霊に取り憑かれて(妊娠のメタファー)十月十日寝たきり…という隠された意味があるのかもしれない。
映画『泥娃娃: 呪いの人形』感想
何を隠そう私は『呪詛』(2022)でビビり散らかしたクチなのだが、今作はグロさはあったもののそこまで怖くなかった(一安心)。怖さがない分、現実と仮想空間が同時進行するつくりは非常に面白かった。
あと、自分を犠牲にして妻とお腹の子を助けた主人公に感動。一緒に見た私の妻は号泣していた。ホラーなのに最後は感動系で終わるところもにくい!
修復士である妻・ムーホア「壊れたものを直そうとする善意がそのまま破滅の引き金になる」構図は、善意が悪意に転化する胸糞ホラーの本質を突いていた。
あとは流産した胎児の血肉を使って泥人形を作るとか、もう文章にするのも憚られるくらい倫理観が崩壊している描写がキツかった。視聴中に何度も「成仏してください〜」って願ったもん。ホラー映画とはいえ、ここまでやって欲しくないラインを超えている。
台湾ホラーは国際市場で存在感を増している。続編を示唆するエンディングもあり、シリーズ化の可能性も十分ある。
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